聖武天皇の御代天平十年(七三八)、勅命により行基菩薩が諸国霊場を巡錫されました。
修験道の祖、役(えん)の行者神変大菩薩が、開かれた美作三行場(八塔寺山・後山・行者山)を訪ねて萬善の横尾山に到着されましたが、陽も沈みかけ深山幽谷の中、真向いの山に紫の雲がたなびいて観音様のお姿を感得し、膝元から三宝鳥が飛び立ち、その行先遥かな深山に黒肉色燦然と輝くものが見えました。行基は、これは不思議と、その黒光りを目指して馳せ登ると、行者山(空浄山)に到り、訪ね求められた修験の行場が眼前にあらわれ、そこに幾千年を経た真黒に光る古木がありました。
そこで行基は、一刀三礼して、この霊木をもって観音様の尊像を刻んで修法され、観音様を感得された山麓の横尾山に小堂を立てて秘かに安置して、寺号を観音寺と称し、行者山を奥の院と定められました。
またこの縁起をもって、行者山をのちの村人たちが、黒見山と呼ぶようになったといいます。「寛永七年(一六三〇)の鐘鋳録による」
湯郷温泉の奥座敷として「もみじ寺」とも呼ばれ、境内は杉と紅葉が美しく、鐘堂下には岩をくり抜いた洞窟に、文殊菩薩が祀られています。
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第九番
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黒見山
寶聚院
觀音寺
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