当山は大同元年(八〇六)に、行基菩薩によって開創されたと伝えられ、大日山と号し、大日如来を本尊とするお寺です。
元亀年中戦火に遭い、灰塵となりましたが、その後、葛(中は「ム」ではなく「ヒ」)下城主・中村大炊助頼宗という武将が、岩屋城(現在の津山市久米)を攻める時に当山を詣で、「大日是摩秒支彰天(だいにちまりしてんそん)は、欽仰する所なり、戦い勝つを得しめば焦跡を復さん」と戦勝を祈願しました。宇喜多氏との戦いに勝利した中村氏は、自分の守り本尊として信仰していた不動明王を当山に納め、僧快伝を住職とし復興に尽力され、現在に至っています。
明治八年四月から本堂を択善 (羽出)小学校の校舎として授業が行われていました。
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第七十一番
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大日山
光明寺
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